2012年夏に公開された実写版、さらに2014年夏に公開された続編『京都大火編 / 伝説の最期編』の2部作がいずれも大ヒット作となった「るろうに剣心」。昨年はずいぶんと注目を集めたが、改めて原作を読んでみると「少年漫画にしては何だか独特だな」という感想。
よくよく考えてみると、よくある一般的な少年漫画のステレオタイプにはまらない部分がいくつもある。
今回は人気漫画「るろうに剣心」に関する、そんなお話。
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主人公が成長しない(強くならない)
いわゆる「バトルもの」の少年漫画だと、たいていはストーリーが進むごとに主人公が成長してゆき、それに合わせてさらに強い敵が現れ、それを倒すことでまたさらに成長する、と言った流れの物語が一般的。
物語の終盤には主人公も敵も味方も強くなりすぎて超人化するパターン(いわゆる「インフレ」)が定番なのだが、「るろうに剣心」はどうだろう? それがほとんどない。
なぜなら、もともと幕末の頃の剣心が最強で、逆刃刀を持った明治時代の剣心は過去に劣るというような設定だから。
物語の中盤で飛天御剣流奥義を習得するが、それが「過去の自分を上回る強さを手に入れた」という感じはそれほどしない。
そもそも「るろうに剣心」の中で、主人公:剣心が「戦いに強くなる」という要素はあまりないような気がする。剣心は始めから強い。始めから最強で、最後までずっと強い。ただ過去はもっと強かった。
バトル系の少年漫画でこういうパターンは結構珍しいんじゃないだろうか。
ラスボスが中盤で出てくる
剣心が作中の最後で戦う敵は雪代縁だが、じゃあ、縁が最強の敵(いわゆるラスボス)かというと、おそらく多くの人は「いや、ラスボスは志々雄!」と答えると思う。
確かに、縁も剣心をだいぶ追いつめるが、「敵キャラクター最強は?」と聞かれればおそらくみな口を揃えて志々雄真実の名前を挙がるんじゃないだろうか。
物語的にも中盤の「京都編」が一番盛り上がるし、敵側のキャラクター達も「京都編」の方が描かれ方がしっかりとしていて魅力的、そしてたぶん最後の「人誅編」の敵キャラより強い。
最後の「人誅編」は蛇足だ!という読者も多いようだが、こういう中盤が最大の山場になるパターンはかなり珍しいのではないだろうか。
主人公が28歳。しかもバツイチ
容姿は若くて女性的とはいえ、剣心は28歳。10代の主人公が多い少年漫画の中で、三十路近い剣心はかなりおじさんな方かと。
しかもバツイチ。
元妻の巴とのストーリーが物語の重要な要素となっているとはいえ、ヒロイン(薫)が登場し、恋愛的要素もある物語の中で、主人公がバツイチ三十路近くってのもなかなかないだろう。
この辺りは改めて読んでみるとかなり斬新な設定だなーと思ったりする。一方で、こういう「単純に清廉・潔白な主人公じゃない」ところがかえって味があってよかったりもするが。
最終戦の戦う理由が最も弱い
バトル系の少年漫画だと、主人公が戦いを繰り返して行くうちに「なぜ戦うのか」がテーマになることが多い。「幽遊白書」なんかは典型かもしれない。
「るろうに剣心」もストーリーの最後はそのテーマ。こういった漫画は「戦う理由の発見」がストーリーを完結させる上で、大事な要素となってくる。物語の主人公は最後の戦いの中でその理由を見つけ、それにより長い戦いに意味が見出されてくる。
だが「るろうに剣心」の場合は、どうだろう? 最終戦を戦う理由が弱くないか? それもこれまでの戦いの中で最も弱いような気がする(いや、それは「るろうに剣心」をわかってない!という人もたくさんいるんだろうけど)。
“「剣と心を賭してこの闘いの人生を完結する!」それが拙者の見い出した答でござる!!”
失意の剣心がもう一度立ち上がり、最後の戦いに挑むときに見出した答えがこれだけど、うーん、イマイチピンと来ない。
おわりに
最後はちょっと批判っぽくなってしまったが、なんだかんだで面白い(再読したらやっぱりハマってしまった)。
仲間が誰も死なない(薫も、「葵屋」の翁も結局死なない…)とか結構都合がいい部分もあるが、一方で、幕末〜明治維新の史実を取り入れていたり、「人斬り」という暗い過去があったりと、結構深いストーリーが練られているなーと。
昨年は映画化されて再注目されたが、久しぶりに原作の再読をしてみると新しい発見があるかもしれない。